雑記
近 況 報 告 等
このところは、Twitterのほうは絵以外では幾分政的、というか社会的なRTしかしておりません(それというのも全部、この世界が滅茶苦茶なせいなのでありますが!)ので、何やコイツの感が以前にも増してあるかと思います、あるいは元からそんなもんだったでしょうか? ともかく、そういうわけで、ツイートする機会を失ってるような内容を書いておきたいと思います。自分語りコーナーといってもいいでしょう
個人的な話
全部個人的な話にはちがいないのですが。最近は、みのまわりの環境のちょっとした変化もそれなりにあったことで、いわば自分の存在というものが、ようやく、自分にとって、問題にはならないものとして感じられるようになってきたといいますか、そういう感じがあるので、精神状態はすこぶるいいのです(経験上)。 許容できないものについての意識をもっていると、気を抜けば私もそうなってしまいかねないであろうという不安に苛まれることになるんでしょうが、そういう不安から解放された感じでしょうか、まったくこの不安から自由になってしまうわけにはいきませんでしょうけど。 まあ、畢竟、『存在と無』を読んでることの影響が大きいのです。「身体はたんなる事実性である」「私はこの事実性を存在する」云々…
私の東方観について
私が東方の原作を初めて触ったのは小学校高学年の頃、当時の最新作が輝針城〜紺珠伝というとき(それについてはあまり意識してなかったかと思います)、永夜抄を通販で購入して、なにかでもらった古いノートでプレイしてました。easyで5面ぐらいまでは見れてたんでしょうか、ほうぼうの体で…。 で、その後はしばらく離れ、20世紀への妄執とオタク文化一般にたいする愛憎入り混じった感覚(というのを持ってたんです)を養いつつ、ドラクエやらデレマスやらのファンアートを描いてまして、東方については悪印象のほうが優位であった時期もあったきがするんですが、そんなこんなで2024年初夏ごろ、サムライスピリッツに微熱をあげてたところ、思い至ってふたたび永い夜へと身を投じ、たんなる憶いでのなかの幻想から、「この」幻想の中に浸ることと相成ったと、やや脚色するとこのようなわけです。 小学校当時の私は「オタクかぶれの痛いガキ」といったところのものだったのでしょうが、山間部の田舎だったものですから、都会っ子とは幻想郷の視えかたも違っていたでしょう。ちなみにこのころから、ネトウヨなるものの醜怪さを見るにつけ、現在まで社会的・政治的思想の部分で大きく変わるところはないように思われます。 で、再熱してからというもの、以前からもっていたみずからの浅学にたいする羞恥というものがいよいよ耐え難いものとなったので、すでにそれ以前よりは行なうようになっていた読書に身を入れてみようということになりました。そういうわけですから、東方からは多大なる影響を被った(被っている)といっていいでしょう?
二次創作、ファンアート、キャラクター
絵柄とかタッチといわれるものと、その作品、そのキャラクターとの関係ということについて、前々からあれこれと考えを巡らしていまして、これは実に徒労にすぎぬことであると思いますが、今は、変な言い方になりますが、作品を或る意味で取るに足らないものと見るべきであると考えています(これは前提がそもそも倒錯的なんだとおもいますが)。 二次創作は狂気がなければできないとはよくいったものですが、その狂気はやみくもに作品へと身を投じるものというよりは、現実に一度身を引いた後に、全体として限定されたその作品にたいする近眼的態度というか、そのようなもので、私にとってはあるというような感じです(妄言です)… 私は東方キャラを描くばあい、アレゴリー的な見かたをしがちですが、これは東方キャラにそもそもアレゴリー的な性格が強くあるということがあるでしょう。そういう意味で、東方絵ばっかり描いているために他の作品のキャラを描くのが難しく感じられます(そもそも二次創作の許容度が違うということはあるにしても!) あと、女性の客体化とか女体の対象化とかいうことについては、いわゆる美少女キャラの流れの中にあっては、殊更、反省を及ぼさねばならぬのではないでしょうか? 私の試みも倒錯的ではありましょうけれども、もとより絵を描いている人間が、無関係ではいられないような問題にぶちあたったとき、それをまったく退けてしまうのはあまりに短絡的ではないでしょうか?
Twitterの使い方
冒頭に書いた通りで、言説拡散がメインになってしまっているので、いっそしょうもない内容はすべて此方に置くようにしてもいいかもしれません。 bluesky等にほとんど移行してるかたもおられるでしょうから。政的社会的の内容を含むのは今に始まったことでもありませんが、前からのこういう使い方については、誰も何も言ってこない限りは好きにさせてもらおうかという感じでやっています。
春例大祭について
5月の例大祭に隔靴掻痒で申し込んでおりまして、一覧にもあったのでおそらくスペースは頂けるでしょうが、私の都合が、当日、つかない可能性がわりと高いということになりまして、 なので、もし、これを見て下さっているかたで、私が当日行けない(はっきりするのは4月に入ってからになるかと思います)となったばあいに、サークル主代理としてスペースに立ってやってもいいよという方がおられましたら、その他頁に記載のメールアドレス等までご連絡いただければ幸いです。 直接に会って打ち合わせができる事、成人されている事、くらいでしょうか。何らかの形で御礼はさせて頂きます。どうぞよろしく。
とりあえずこんなところでしょう。ところで、美少女系作品とフェミニズムの弁証法とか、ネット時代における実存主義とか、そういったことに関する文章等をご存じのかたがおられましたら是非教えて頂けると嬉しく思います。それではまた!
26.3.7 (Sut)
紅楼夢の感想云々
東方紅楼夢お疲れさまでした!イベントのサークル参加は初でしたが、非常に楽しかったです。矢の如き3時間でした。
スペースの様相
今回の本
思ったよりも手に取って頂けて嬉しく思います。お越しくださった皆さんありがとうございます! 感覚も掴めましたし、反省点も見えたので、次回に生かせればと思います。
"得た物"
買う方はあまり回れずでした。準備不足の感。ある程度ご挨拶はさせて頂けたのでよかったかと思われます。 気を入れてたのもあり記憶がぼんやりしており、文字通り夢のようなひとときであったとも言えましょうが、これこそ強度の現実としての幻想の一種かと感じます。
ところで、フリーペーパーにPixivIDとして記載している部分があるのですが、色々と間違ってます。気にしないで下さい…
次回の弊サークル隔靴掻痒の参加は11/23(日)大阪は西九条の此花会館にて開催のGAME ANTIQUE 2025になります。 東方では来年の紅楼夢までにも何処かに出たいところですが、未定です。せいよしの本など作ってみたいと思っています…。
25.10.13(Mon)
Don't give up, I tell you
ドイツといえば、すっかりシオニスト国家というイメージになってしまいました。言論弾圧! ナチスから学んだことは所詮表面的でしかなく─ほとんどレイシズム以上のものではないようで、 とにかくIS,USに次いで印象が悪い。 ところで、他方、スラッシュ・メタル大国といった印象もありますが、そもそもカウンター的なこの手のカルチャーが強い、ということがその国(政府)自体への好感に繋がる、ということもないでしょう。 こういったわけで、個人的評価におけるジャーマン・スラッシュ・メタルの名作をふたつ紹介させて頂きたい...
Entophyte - "End of Society's Sanity" (1992)
超現実主義に属すると思われるカバー・アートが印象的です。いわゆるプログレッシブ・スラッシュの部類で、憂愁を帯びたボーカルと、それに比しては不気味にすら思えるリフとの交錯に二律背反的な印象を覚える。 Entophyteとは、他の生物の内部に寄生して育つ植物の事を言うらしい。
2019年に中国のAwakening Recordsから再発盤が出ていて、ブックレットに歌詞の記載があります。当記事の見出しは3曲目Random Victims (Potential killers)の最後の一節より。
1曲目- End of Society's Sanity :"正気"の終焉、社会/世界の欺瞞と、自らがまさしくその内にあることの認識。 社会の理性などずっと疑わしいもので、いつそれに気付くかは人によるわけですから、普遍的に共感を得るテーマでしょうが、 現代にあってはその機会も増えてるんじゃないでしょうか。別の狂気に陥ることも多いにせよ…
4曲目- Human Machine World :変拍子を伴う機械的人間の表象。人間性を損なった社会の凋落、 これも当時から、その度合いを増して進行しているその真っ只中という感じがしますね。無感覚。
5曲目- The War of Khyr :全6部からなる組曲形式で、歌詞は異世界に召喚された英雄の叙事詩的な物語といった風情です。 他の曲の詞は社会的、あるいは精神的な内容なので、これだけわりと異様です。何か出典があるのだろうか?
The Art of the Legendary Tishvaisings - "Catharsis" (1991)
こちらも鮮烈なアートワーク(とバンド名)ですが、 ―こういった表象自体を論うことがルッキズム的思考形態に接続しかねないのでは、との懸念はあるにもせよ― この闇の中浮かび上がる苦悶に満ちた表情と姿態、それはある種鬼気迫る感覚を喚起し、 緩急つけ時に抒情的なフレーズによって、神経衰弱の奥地へと有無を言わさず突き進むが如き緊張感。 アルバム通しての展開が絶妙です。
3曲目- Katharsis :早くもカタルシスの到来。サンプリングボイスも使ったアルバム随一の楽しげな曲です。
6曲目- Total Sellout :アルバム中最もメロディが際立っているように思われる。
7曲目- Outburst :アルバム冒頭のイントロと共通のフレーズに始まる、悲壮感の籠ったボーカルが印象的な終着。
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ここに挙げた二作品は、どちらもBandcampで試聴/購入ができますので、是非御一聴下さい。 もちろん、ドイツにはこの他Rage、Protectorといった名バンドが多数存在しますから、聴き漁ってみるのも一興でしょう。
隠れた名作/現行の良バンド/当記事の内容に関する補足などありましたらご提供下さい…
25.6.12 (thu)
報告と概要
変な見出しになっておりますが、報告というのは当HPをつくりましたよというご報告でして、 概要というのでここの説明をしようというわけです。
それで、ここが何なのかと申しますと、私(H.N.分裂)はTwitter(X)をメインに使っており まして、 これを読んでおられる方はそちらで見てくださっている方かと思いますが、 現在のアカウントも使い始めて6年ぐらいになるわけですけれども、昨年から東方Project原作群に熱を(じつは再燃でもあるんですが)上げている中において、 拙作も沢山の方にご覧いただけまして、素敵な幻想を描かれる方々との繋がりも持たせてもらいまして、大変刺激を受けたんです。こんなところで恐縮ですが御礼申し上げます。
ところで、Twitterにおいてはまったくもってこういう、まともな(?)文章は書いていないんですね。 アカウントに対象化されたペルソナ的のものがあるわけですが、そのせいで不自由に感じられることが多くなってきたんです。 つまり、あの場に最適化した文体(というより、テンプレ口調)でしかものが書けない。 それで、書きたいことと、場の空気というか、文脈といいますか、そことの齟齬が感じられるわけです。こういう方は多いかと思いますが。
もっともその空気、これもすっかり馴染んだものでして、最近になって絵と社会的な(RTばっかですけど)発信をほとんど無節操に、並行してやっているのも、多少の意義はあろうと思ってやってるんです。
そういったわけで、特段あちらの使い方を変える気はありませんけれども、並行してこっちにも駄文等のなにかしらを置いていこうかと思うに至ったわけであります。
まあ懐古趣味の一環と言っても差し支えないでしょう。
こういうわけですから、よろしければご覧ください。
25.6.8 (sun)